――― 日本初!おっぱいマンガ誕生秘話
光畑:まず、この本を出されたのはどうしてですか?
すずきともこさん(以下敬称略):私は1人目の赤ちゃんが生まれたときに、お友達がほしくて、育児サークル「よこはま自然育児の会」に入りました。絵を描いたり文章を書いたりするのが好きだったので、そこで会報係をやりました。毎号、お産や母乳育児、予防接種などのテーマを決めて記事を書いていました。
その「よこはま自然育児の会」の中から、1992年に「よこはま母乳110番」というボランティアグループができて、私も参加したのです。そこでは電話相談だけではなく、助産師さんを招いて勉強会もしていました。次に「かながわ母乳の会」にも入り、どんどん母乳育児にくわしくなっていきました。
それから、横浜市にある「豊倉助産院」に、ママたちが子連れで集まり輪になっておしゃべりをする、すごくいいサロン「妊婦さんと赤ちゃんとママのTea Party」があります。そこでママたちが会報の「Tea Party通信」を作り始めたときにも参加しました。「母乳育児のページは、すずきさんに」と推薦されて。
光畑:仕事ではなくボランティアで?
すずき:はい。「よこはま母乳110番」でも、ボランティアで母乳育児の資料をいくつも作っていましたので。手書きやワープロで、さし絵も書いて貼って、あの頃はまだパソコンが一家に1台ない頃ですね。
光畑:(笑)いったいいつの時代?
すずき:20年くらい前です。(笑)まだケータイもない時代ですね。
それである日、「Tea Party通信」のスタッフのママから電話がかかってきて、「母乳育児について何か書いていただけませんか?」と依頼されたのです。「いいよ〜」と軽い気持ちで引き受けました。「1ページくらいなら子育てしながら書けるんじゃないかなー」と思って。「離乳食」「乳腺炎」「卒乳」と、毎回テーマを1つ決めて、母乳育児の情報と知恵を、体験談も入れて、イラストと文章で次々と書いていきました。
その連載が14年くらい続いたのです。何年目からでしょうか、ママたちが「まとめて読みたい」「いっそ本にしちゃってよ」と言ってくださるようになりました。私自身も「連載を1冊にまとめて、皆に役立ててもらえたらいいな」と思ったのです。でも、横浜の片隅でコピーしてホチキスでとじて(笑)育児サークルで販売しても、ごく一部の人にしか知ってもらえない…。一般の出版社から出させていただくことができたら、広く、たくさんの人に役立ててもらえるのでは、と思いました。
そして、自然食通信社さんから出版させていただくことができました。本の監修は、「かながわ母乳の会」の代表で小児科医の堀内勁先生が、快く引き受けてくださいました。
――― 新米ママに立ちはだかる“善意100パーセントの母乳の反対”
すずき:その「広く、たくさんの人」というのは、ママたちだけではないのです。私は、子育て支援を20年やってきた経験の中で、身にしみてわかったことがありました。それは、ママのまわりにいる人たちが母乳育児について知らないと、ママがとても困るということです。
子育てをしていると、まわりの人から「ミルクを足しなさい」とか「やせてるけど大丈夫?」とか、いっぱい言われるんですね。しかも、私たちの上の世代は、ミルクがすごくはやった時代でしたよね。
光畑:私自身もミルクで育ってます。
すずき:私も、ミルクで育っているんです。そのため、私の母は母乳のことはよく知らないんですよ。
母乳の育て方とミルクの育て方は、違います。たとえば、飲む回数が違う。「1日8回3時間おきに飲ませてね」というのがミルクのやり方です。ミルクは合成したものなので消化に時間がかかるのです。もちろん栄養は十分に足りるし、この私のように(笑)元気に立派に育つので大丈夫ですが、母乳の場合は授乳方法が違うのです。
母乳は消化吸収が抜群にいいので、8回どころか10回、20回と少量ずつ飲むことが多いです。「そんなに何回も飲むなんて足りてないんじゃないの?」っておばあちゃんたちが考えたりします。「かわいそう、きっとこの子おなかを空かせているのよ」って。これは本当によく言われる言葉なんです。善意100パーセントなんですけど、母乳育児の反対をしてしまう。母乳が出ていても、ミルクを足さなきゃだめよ、と。
でも、ミルクを多く足すと、消化に時間がかかるため、授乳の間隔があいて赤ちゃんが母乳を飲む回数が減ってしまうのです。そうするとママの体がカン違いをするんですね。「赤ちゃんは、もう母乳をあまりいらないらしい」と。それでママの体の中では、徐々に母乳が作られなくなってきて、気がつくと「あれ?母乳が少ししか出ないな」と、なっていくのです。
また、ほ乳ビンとおっぱいは吸い方が大きく違います。それで赤ちゃんが混乱して、ママのおっぱいを吸えなくなることがあります。そんなこんなで、誰にも悪意はないのに母乳がうまくいかなくなったりします。
それと、パパが知らずに母乳の反対をしてしまうこともあります。パパもさびしいんですよね、奥さんが赤ちゃんばかり抱っこして、いつもおっぱいあげていて。それをハッキリとは言いにくいので、無意識に、何か別のことを言ったりします(笑)。「そんなに何回も授乳しなくていいんじゃない?」「俺がミルクをあげるよ」とか。あるいは1才を過ぎると「赤ちゃんはごはんを食べられるようになってきたし、もう母乳は、やめたら?」とか。お母さんも、通りすがりの知らない人から何か言われても一過性のことで済むけど、家族や身近な人たちから反対されると辛いものがあって。とても困ってしまいます。
そこでママが母乳育児の情報をあまり知らないと、流されて、そのままミルクになっていくこともあります。もちろんミルクになってもいいのだけど、もし、ママの心の中に「本当は母乳を続けたい」という気持ちがあるときは悲しいですよね。「私はおっぱいをあげたかったのになあ」という気持ちが残って、ママが辛くなることがあります。そういうことが起きなくてすむように、ママだけではなく、ママのまわりにいる人にも、母乳育児の情報を知ってもらえるようにしたい。広くたくさんの人に読んでもらえる本にしたい!と思ったのです。
広くたくさんの人に読んでもらうためには、読みやすい本にしたい。「どうしたら読みやすくなるだろう?」といっしょうけんめい考えました。そして、「まんがなら、いろいろな人が読んでくれるかもしれない」、それも「シンプルな4コマまんがが、いちばん読みやすいのではないか?」と思いついたのです。
そこで、4コマまんがで母乳育児の方法を説明することにしました。「Tea Party通信」の原稿はイラストと文章だったので、まんがの形に変えて最初から全部を描き直すのは、大変な作業でした。4年半の月日をかけて、4コマまんが188本とコラム3本の形にして、ようやく1冊の本にまとめることができました。
光畑:ママの周囲の人の理解が大切なのですね。どうですか皆さん。まわりからの雑音とか、あったりしますか?
会場@:スーパーとかで赤ちゃん連れてると、突然「母乳?」って知らない人から聞かれたことあります(笑)。
会場A:うち、子ども大きくて、半年で10キロあったんです。で、「何カ月?」から始まって、「1歳いってないの、それ?」っていわれて(笑)、「母乳?ミルク?」って。
光畑:赤ちゃんがいると、いろんな方から声かけられて、ちょっとした一言に傷ついたりしますよね。とくに一人目二人目だと、その一言で自信を失っちゃう。しかも善意だから否定できない。だからまわりの人たちの事前の知識って必要ですよね。まんがだから、小学生だって読みます。できればこの本、小学校の図書室に置いてほしい、『はだしのゲン』と一緒に(笑)。
すずき:はい!学校の図書室に置いてもらえたら、とてもうれしいです。子どもたちや若い人に、マンガとして気軽に手に取って、母乳育児の方法や楽しさ、抱っこの大切さを知ってもらえたら…。
また、全編、絵で描こうと思ったのには他にも理由がありました。
私は「よこはま母乳110番」で、母乳育児のポイントとか、文章を書いてさし絵をつけて、いろいろな資料を作っていました。その頃に訪ねて来た保健師さんから、「すずきさんの作ったこの資料、持って帰ってあのお母さんに見せるわ!」と言われました。くわしく聞いてみると、「あのお母さん」とは、海外からお嫁に来た、日本語も英語もわからない、言葉の通じないお母さんのことでした。「すずきさんの資料には絵がある。この絵を見れば、あのお母さんにもわかるから」と言われたのです。
そのとき、「たとえ言葉が通じても、初めての子育ては、心細いのに!」「もっともっとわかりやすいように、絵をいっぱい描けばよかった!いつか、全部、絵で説明した資料を作ろう!」と強く思ったのです。
これまでこういう本は、なかったそうです。部分的にまんがが使われている本はあるのですが、1冊まるごと全部まんがで母乳育児について説明している本は、日本で初めてだそうです。
――― 一言で言うと、「母乳育児をラクに楽しく!」
光畑:そして、非常にこの本、ニュートラルで。こうでなきゃいけないよっていうことが描かれてないですよね。「これもあるよ、あれもあるよ」っていう見せ方がすごくいいなあと思った。そこは意識されました?
すずき:はい。世の中では、物事を「良いか」「悪いか」の2つに分けて考えがちのように思います。でも、その考え方だと辛くなりやすい。子どもを産んで育てるとき、「良い・悪い」のフィルターで考えてしまうと、「自分は良いお母さんだろうか?悪いお母さんだろうか?」って自分を責めてしまい、子育てを楽しめなくなることがあります。そんなふうに自分を追いつめて、悩んでしまうお母さんが本当にたくさんいると思うのです。
そこで「良い・悪い」という考え方から離れて、ただ無条件に、「抱っこすると、ほっとしてあったかいよ」とか、「おっぱいをあげると面白くて、楽しいよ」とか、そういうことをお伝えできたらなあと思っています。
だから、この本では、母乳で育てた方がいいよ、とは1回も言ってないんです。
母乳の情報が世の中にゆきわたっていないので、「母乳で育てたい」と思う人に「情報を届けたい」という、ただそれだけです。一言でいうと、ただ「楽しむために」。「こういう、あったかくて、楽しいやり方があるよ」ってお伝えしたかっただけなのです。「こうすると良いですよ」という言い方はしないように、すごく気をつけました。
光畑:まさにそこは、さっきすずきさんとお昼を食べながら手を取り合ったのですが(笑)、「良い悪い」ではないというのはとても大事だと。「楽しいか楽しくないか」、「楽か楽ではないか」、ならいいんです。この本は私が読んでも楽な方法が多かった。こういう本がほしかったなとホントに思いますね、「“なんでもあり”なんだよ」っていう。
すずき:育児書のやり方でうまく行かないと、「うちの子がおかしいんじゃないか?」と思ってしまう、あるいは「育児書の通りにできない自分は、ダメなお母さんだ」って思って落ち込んじゃったりする。でも、本当は、その子もお母さんも、何も悪くない。“その子はその子である”って、ただそれだけ。子どももママも、一人一人ちがっていて大丈夫。お母さんとその子のペースでいいのです。まるごとOK、規格外OKです。そもそも、規格に合わせようとしても無理があるのでは?と思います。規格なんて、人間にはないのですから。
光畑:そういうのがこの本で伝わってくるなあと思う。
―――“母乳は防災”という視点
光畑:すずきさんはボランティアとはいえ、ずっと仕事を続けているようなもので。母乳で育てながらそういう活動をされてきましたけど、母乳のほうが楽だったという実感、ありました?
すずき:お湯を沸かして、粉ミルクの分量を計ってそのお湯によく混ぜて溶かして、人肌の温度に冷ましてから消毒したほ乳ビンであげる…ということを1日何回も、夜中も起きてしている、ミルクのお母さんこそがんばっていると思います。母乳はただ、あげるだけだから、楽な部分もあります。赤ちゃんが吸えば、いつでも適温であたたかい母乳が出てきます。おっぱいなら真っ暗闇の中でも、寝ながらでも、あげられます。出かけるときも、ほ乳ビンと粉ミルクとポットのお湯を持たなくてもいい、おむつと着替えを持てば出かけられます。
光畑:そしてよく言われるのが震災のときのことですね。
すずき:災害で電気・ガス・水道が止まったとき、お母さんたちは走り回るのだそうです。お湯とミルクを確保しなくちゃ!って。でも母乳なら電気やガスがなくても、お母さんさえいれば大丈夫ですよね。
光畑:震災のあと、私も被災地の方とよくお話しました。避難所のお母さんたちって不安でいっぱいじゃないですか、いろんなもの手に入らなくて。市長さんや副市長さんも、手に入らないことにすごく心配されたそうなんですけど、現場で聞くと、母乳の方ってけっこうゆったりされていたのだそうです。母乳の方も粉ミルクの方も不安は一緒だと思うんですけど、すごく焦燥していて気の毒だったのが粉ミルクで育てている方だったんですって。
すずき:これは「かながわ母乳の会」のお医者さんから聞いた話なのですが。おっぱいをあげているとお母さんの心が落ち着くのだそうです。そういうホルモンが出るからだそうです。「リラックスしていると母乳がよく出る」といいますよね。同時に、「母乳を飲ませているとリラックスしてくる」ということでもあります。母乳が出始めるとママの全身の血行が良くなって、ぽわんと体全体があったまって、リラックスしてくる。被災地や、つらい状況にいる方もおっぱいをあげている時間は、ちょっとほっとできるひとときになったそうです。お母さんの心が安らぐ時間だったと。ふだんから少しでも母乳をあげることが、自然に防災活動にもなっているのです。
光畑:最近は「母乳は防災活動だ」っておっしゃる方も、たくさんいますよね。
すずき:いざというときに子どもにあげられるものがある、ということですね。その視点からも、「急いで母乳をやめなくていいよ」と言うことができると思います。やめる時期は人それぞれ、自由です。3才でも5才でも、7才でも、続けたければ母乳をあげていて大丈夫です。子どもの防災食のひとつにもなります。まあ母乳は防災のためだけではないのですが。
――― 幸せな抱っこは心の栄養に
光畑:最後に、本を通して皆さんにお伝えしたいことは?
すずき:ミルクでも母乳でもそうですけれど、抱っこすることが子どもの心の栄養になります。本能というか、くっついてスキンシップすることで心の中に安心感が育つと言われています。それはその子が一生を生き抜いていくうえでの底力になります。
また、親も、抱っこすると子どもがますますかわいくなるんですよね。かわいくて、子育てが楽しく、味わい深くなっていく。毎日、抱っこして赤ちゃんの目を見つめて、いいにおいをかいで。赤ちゃんも、お母さんの胸にあたたかく抱っこされてにおいを感じて、ほっとしてとても幸せな気持ちになって、安心していく。
そこで人間を信頼する基本、自分を大切にする心の基本が育っていくと思います。
そして、これからの人生で、身近な人と助け合う人間関係、信頼し合える人間関係を育ててゆける。さらに、パートナーができたとき、安心して近付き合って、より深く愛しあえる人間関係が築けると思うんです。
だれかと一緒にいると嬉しい、楽しい、って思えるのはすごく幸せなこと。たとえ、どんなにお金持ちでも、信頼して話したりできる人、安心して一緒にいられる人が一人もいなかったら、さみしいですよね。子どもを胸にあたたかく抱くことが、その子の人生を支える心の栄養となる、心の基礎を育てているのだと思います。
光畑:今後やりたいことは、なんでしょうか?
すずき:おっぱいの本、第2弾を書きたいです。母乳育児をしながら、仕事もできる。ママが自由に人生を生きながら母乳育児も楽しめることを、たくさんの人に知ってもらえたらいいな、そういう本を書きたいなと思っています。それと、もうちょっとくわしく、心の子育ての話を書けたらいいなと思っています。
光畑:お手伝いしますから、今度は20年がかりじゃなく、ぜひ出しましょう。
こういう話を月に1度、モーハウス青山ショップで「母乳育児相談会」として、私たち、ゆるーくやってますから、皆さんまたよかったらいつでもご参加ください。で、2冊目のネタもご協力いただければ(笑)。
すずきさん、この先の活動も期待しています。ありがとうございました。 |